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 その翌日、9時過ぎ。  一台の高級車が学校のロータリーに入ってくる。  既に授業が始まっているから、正門前は静かだ。  車を降りてきたのは高津で、続いて亜希が浮かぬ顔で降りた。 「……私も行かなきゃダメ?」 「ああ。」  気が進まない様子の亜希は、高津の後ろをのろのろと付いていく。 「ほら、早く職員用玄関で靴を履きかえて来いよ。」  そう言っても亜希は腕に掴まると、高津の陰に隠れてこそこそと歩む。 「――そんなに久保に会うのが怖いのか?」  「怖くない」といったら嘘になるのだが、高津が不機嫌そうに言うから亜希は力なく首を横に振った。 「――なら、良いんだけど。」  高津は亜希の真意を知ってか知らずか、口元を少し歪ませる。 「あの、ね……。」 「何?」 「……私、退職願を出してるじゃない? あれが有効なら『来賓』でも良いんじゃないかなと思って。」 「――それは気にしなくていい。」  素っ気ない返事に亜希は不貞腐れる。 「――ダメ?」 「ダメ。」 「……じゃあ、待っててよ?」 「ああ、分かったから。来賓玄関前で待ってるよ。」  そう言って高津がくすりと笑うから、亜希は俯きながら、渋々、職員玄関へと歩いていく。  高津はそれをしばらく見送った。  不安げな後ろ姿がだんだんと小さくなる。  そして、その姿がすっかり見えなくなると、真上の国語科準備室を見上げてから、来賓玄関へと足を進めた。  事務室に声を掛けると、いつものように万葉が出迎える。 「――いらっしゃいませ。いつも、時間きっかりね。」 「ああ。」  素っ気ない万葉に動じる様子もなく、万葉の差し出したサイン表に流麗な筆跡でサインしていく。 (本当、嫌味なヒト……。)  こうやって端から見ていると非の打ち所がない高津の様子に、つい粗探ししたくなる。 (文字くらい乱雑なら、後でこっそり笑ってやるのに……。)  今日は不思議と高津の筆跡や服装など細部に目がいく。  ――質の良さそうな生地。  ブラックに近い色合いね濃いグレーのスーツは、おそらくオーダーメイドスーツなのだろう。  生地の質や高津の長身の体格の割には、重たく感じる事なく、しっくりと馴染んで見える。
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