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 ネクタイには落ち着いた色合いの小柄のあしらわれたネイビーのタイ。  それに高級そうなシルバーのタイピンをつけている。  いつもに比べて、どことなく柔和な雰囲気。 「……何かいい事でもあったの?」  筆を置いた高津に万葉が訊ねると、短く「ああ」と返答が返ってくる。 「――少しばかりね。」 「そう……。」  それ以上は訊かずにサイン表をチェックすると、事務室を出る。  そして、スーツとはおよそ不釣り合いな来賓用のビニール製のスリッパを用意した。 「――中へどうぞ。」  しかし、万葉に促されても、高津は理事長室とは反対の職員玄関をじっと見据えて動かない。 「……高津さん?」  訝しんで高津に声を掛けると、職員玄関から人影が近付いてくるのが見えた。  初夏らしい淡いベージュのスーツ。  髪を片側に流し、ゴールドのシュシュで纏めている。  ――進藤 亜希。  万葉は驚いて、高津をちらりと見上げた。  その瞳はいつになく優しい。  一方、亜希は万葉の姿に気が付いて、緊張した面持ちになると、人見知りするように高津の陰に隠れた。 「――進藤先生、あなた。」  なぜ高津と一緒にいるの?  そう訊ねたかったが、高津に「詮索するな」と鋭い眼差しで制される。  万葉は口を閉ざすと、素知らぬ顔で二人を理事長室に通す事にした。  部屋の中では理事長が待っていたが、亜希の姿に気が付くと、万葉よりもいっそう驚いて、あんぐりとした表情を浮かべた。 『彼女はまた学校に来ます。』  不可能だと思っていたのに、「高津 浩介」はそれを実現させる。  理事長はこの有言実行な男が、頼もしくもあり、恐ろしくも感じていた。  ――いったい、どんな魔法を使ったというのか。  亜希は高津にやけに従順で、その傍にぴたりとくっついている。 「――理事長、あれから久保先生の様子はいかがですか?」 「……久保くん?」  まるで外国との衛星中継みたいに、数秒のタイムラグの後、「あ、いや」と理事長は言葉を濁した。  それから、こほんと咳払いをして、応接セットのソファーに二人を促す。  高津は慣れた様子でソファーに腰を下ろしたが、亜希は少し落ち着かない様子で辺りを見回してから、恐る恐る腰を下ろした。 「久保先生の事なんですが、実はこのゴールデンウィーク直前に退院してきたばかりでして。」  高津の横で亜希がびくりとする。
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