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夕暮れ時。不気味なほどオレンジで塗り固められた空は世界を飲み込み、急速に辺りを闇へ誘おうとする。
それはいつもと同じ学校からの帰り道。
俺が道草をくって河川敷を歩くのは、他でもなくこの場所が好きだし、どうせ家に着いても母親はいない。急いで帰る理由なんてないからだ。
俺はいわゆる幸福とは程遠い場所にいたし、周囲の人間に蔑んだ目で見られていることも重々承知だったけど、不思議と悪い気分ではなかった。俺には幼なじみの椿美智がいるし、数えるほどの友だちだっている。自分に与えられたカードがブタだから勝負を捨てるっていうスタンスは嫌いだし、その場その場の状況を良くしようと足掻かない奴は生命力の足りない搾りかすみたいな人間にしか見れない。奴らが俺のことを馬鹿にして鼻で笑うのと同じように、俺だって他人より優位に立つことしか頭に無いような奴らには唾を吐く。悪いけど、俺は逃げないし負けない。
耳に差したイヤホンから流れる音楽。俺は完全に、自分の世界に浸かっていた。太陽は沈み、オレンジ色だった空が紫色じみてきて、だけどそれに逆らうように俺の足は自宅から離れ、真っ直ぐな河川敷を歩き続ける。別に理由なんてない。ただ音楽に夢中でぼけーっとしてたら足が止まらなくなって、ふと我に返るともう夜だった。
「ははっ、やっべーな、真っ暗じゃん」俺は片耳からイヤホンを外し、呟く。来た道を振り返るとそこには闇に沈んだなんとも素っ気ない他人みたいな光景が広がっていて、自分だけ取り残された気分になる。「いい加減帰んないとな」再びイヤホンを耳に装着し、一歩を踏み出そうとした瞬間に、自分が強烈な光に照らされていることに気付く。ライト。多分、車のだ。
こんな瞬間的に車が自分の真後ろに来ていたなんて驚きだったし、エンジン音なんて全く聞こえなかった。あれ、なんかおかしい、怪しいぞ、なんて考える暇もなく、中から数人の黒づくめの奴らが現れた。そいつらの仕事は業務的で迅速で、俺は後頭部に強い衝撃を受けてその場に倒れ込む。意識が遠のいていく。俺の体が宙に浮く。違う、誰かに抱えられているんだ。ドアをスライドして開ける音。ワゴン車か、それに俺は乗せられる。タクシーみたいな匂いの車内。まどろむ意識と薄暗い空間でよく見えない。断線、ぶつん。俺は夜とは違う闇に引きずり込まれて、しばらくそこへ沈んだ。 誰も泳ぎきれない眠りの世界。
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