第1話

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正直、 ここは私が一番苦手な場所だ。 土砂に埋まってもう生きていない両親も、 一旦はこう言う場所に運ばれた。 それから……脳溢血で死んだ婆ちゃんも。 とにかくとにかく、 良い思い出がない、し、 ここはそう言う場所だと思う。 知らず知らずに足がすくみ、 気づけば一歩も歩けなかった。 それに気づいた広田が足を止める。 驚いたのは、 やけに優しい顔をしていた事。 ゆっくり私の所に戻ってきて、 「……ごめん。 安野が嫌なら……止めてもいい」 って……言った。 「…………何の……じょーだん……?」 ひきつる頬を右手でさすり、 広田と顔を合わせず言う。 「……やっぱ無理だったな。 いいよ……帰ろう。 飯塚さん、まだそこらへんにいるだろうし」 広田の言葉が旨く理解出来ずにいた。 浮かれた気分はバブルとはじけ、 ここに立っている自分が嫌だ。 「……つか……つかさ、 訳わかんねーんだけどっ……。 おまえの言ってた野郎はこことどう関係すんのか説明しろよ」 ヤバイ。涙腺が。 色々思い出すのが嫌で、 歯医者と皮膚科、 生死とは無縁そうな病院以外は、ここ十数年行ってない。 なのにそれをしたのが、 昴兄でも響兄でもない、 ただのクラスメイトの広田 日向とって言うんだから笑わせんじゃねーか……。 「……もう帰ろう。 悪かった。事情は後で説明する。 泣くなよ」 言われて体が熱を持つ。 恥ずかしいって言う感情。 兄妹以外の男に、 泣くなって言われる惨めさ。 こぼれ落ちる寸前の涙を 指先でグイと拭った。 「……泣いて……ねーし。 勘違いすんなっ。 私はこう言う本気の病院が大嫌いなんだよ……その、とんでもねー事されそーで…… 早く……説明しろ。」 土砂に埋まった両親が発見されるまで、 私は昴兄、響兄に 自分の左手、右手、片方ずつ預け どこだか知らない場所で待ってた。 そのブラックホール手前みたいな気持ち。 それをこう言う場所は簡単に、 思い出させてしまうから。
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