第1話

21/22
63人が本棚に入れています
本棚に追加
/284ページ
広田は少し黙り、 それから上を一度仰いだ。 「…………わかった。 ……話すのは病室に着いてからにしようと兄貴と決めたけど、 安野が知りたいのなら、 今ここで言うよ」 「……あ……にき……? おまえに兄貴なんていねーだろ。 おまえ一人っ子だって田中のバカが」 「いるんだよ……。 学校じゃあ誰も知らない。 そしておまえに会いたい奴も……、 おまえを好きな物好きも……、 俺の……兄貴で……この上にいる」 そう言うと広田は 付け足すように、 「……ちなみにドクターじゃない」 って言った。 広田の誰も知らない兄貴は、 私も知らない。 なのに私を好きになる確率が、 全く理解出来なかった。 「………上に……行けば全部……わかんのかよ……?」 心を無理矢理白紙にして、 私は広田にそう訊いた。 学校と言う限られた場所では 決して見る事のない広田の横顔が、やけに目に焼き付いたから。 「…………会って……くれんのか……?」 広田はどこかホッとしたように、 でも笑ってはいなかった。 「…………しゃーなし……だぞ。 こっちだって好きになられた相手が病室にいるやつなんて勘弁だけど……、 ここで話だけ聞いて会わねーで帰るとおまえがその兄貴の手前困んだろ? 今日……数式の答え教えてくれたしな。 数学のせいでマジ留年しそうだから……テスト以外でも点数稼げ……たし」 言うと広田は静かに 「……さんきゅ……」 って言った。 「どなたか乗られますかぁ?」 二台ある大きなエレベーターの中で看護婦がそう言い、 今度は逆に私が広田を促すと、 2人でそこに乗り込んだ。
/284ページ

最初のコメントを投稿しよう!