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なのに、
「――拓海」
もう時間は12時近い。こんな時間にいるはずのない彼女が俺の部屋にいる。
「奈々美? なんで」
一瞬、幻かと思った。だけど見える彼女は幻なんかじゃなくて、だから。
「まだやってたのか? もう――」
終電が……。そう言おうとして、彼女の手にあるものに気がついた。彼女に渡すはずだった『箱』
「コートの内ポケットにあった」
その声に俺は苦笑した。ポケットから出すことも出来なかった箱。彼女に渡すことも、捨てることも出来ずにずっと持ち歩いてた。だけど、もうコートの必要な季節じゃなくなって――、
トンッ……
「えっ? な、奈々美!?」
胸にいきなりの衝撃。奈々美が飛びついてきて。そして、
「拓海、あたし――」
震える腕に、声に、これから彼女の唇から紡がれるだろう言葉を理解して、俺はすぐさま彼女の唇に指を当てた。
「待って」
嬉しすぎだろ、これ。同時になんて情けない俺。思わず乾いた笑いがこみ上げてくる。
「格好悪ぃな、俺」
本当になんて格好悪いんだろうな? 彼女にここまでさせて、ここまで言わせて、しかもそれを横取りなんて。彼女の前では本当にどうしようもない。いつも決めたいときに決められない。
「だから……」
この瞬間だけは譲れない。どんなに格好悪くてもいいから、
「せめて俺から言わせて」
そう言って奈々美を強く抱きしめると、応えるように彼女の指が俺の背中を引っかいた。
「俺と、結婚してください」
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