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『…席についてもらったのは良いですが、少々煩いようですね』
また、あの声がバスの中に響く。
乗客たちはその声を聞いて外せと喚くが、声の主は取り合おうとはしない。
『……皆様。まだ分かりませんか?あなた方は、不利な立場にいるのですよ?それなのにまだ抗うのですか?』
「うるせぇ!何が不利だよ!」
「そうだ!」
『このバスは、私(わたくし)そのものなのです。ですからこのバスの中では、私が主導権を握っているようなものなのです。それに逆らうというのなら、いくらお客様でも容赦は致しません』
そう言った途端、バスに異変が起きた。
一瞬の出来事で乗客たちは一時的に言葉を失った。
ジャキン、という音と共に現れたのは、何本もの太い針だった。
どこから現れたのか検討もつかないその針は、天井にビッチリと張り巡らされている。
「ひ……っ!?」
「な、何だこれ…!!」
『要は牽制ですよ。ここでは私がルールです。それに従えないのなら、こちらも考えを改めます。私の判断次第では、この針は一斉に皆様の体目掛けて降り注ぐでしょう』
「なに…!?」
『これでもまだ抗うというのなら、どうぞご自由に。このような展開では、見せしめというものも重要でしょう』
「…………っ!!!」
見せしめ…!?
それを聞いた途端、乗客たちの息を呑む音が聞こえた。
このバスは、本気なのだろうか。
疑わしいところだが、もし本当なら殺されるということになる。
「………ここは、バスの意思に従うのが賢明ですね」
隣の男子学生が、抑揚のない声でそう言った。
「お前さ…なんでそんな冷静なんだよ…っ」
その様子に信じられないと俺は小声で囁く。
喚き散らしてしまえば、このバスの逆鱗に触れてしまうかもしれない。
すると男子学生は俺をチラリと見て、呆れたように目を細めた。
「あなたこそ、僕より年上でしょう。そんなに慌てていては、この状況を打破できるものもできません」
年下の男子にそう言われてしまえば、俺も返すことができない。
確かに、このような状況で慌ててもどうしようもないのは事実だ。
しかしこの異様な事態で慌てるなと言うのも無理な話だ。
「まずは、自分の置かれている状況を把握するのが大切です。慌てるのはそれからにしてください」
あなたのところに針が落ちて来たら、僕にも二次被害が及びかねませんからね。
その言葉に、俺の頬は引きつった。
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