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バスの中は静まり返り、誰もが息を潜める。
チラチラと上を見ては体を震わせた。
『ご協力感謝申し上げます。ようやく説明できそうです』
説明、という言葉に隣の男子はピクリと反応した。
一言も聞き漏らすまいと耳を澄ましている。
『――――それでは皆様。改めまして、ご乗車ありがとうございます。このバスを利用していただき、真に感謝申し上げます』
ご利用って言われてもな…。故意でこのバスに乗ったわけじゃないけど…
『乗りたくて乗ったわけじゃない…。皆様、そんなことを思っているのではないでしょうか?』
今まさに思っていたことを言い当てられ、冷や汗が額に浮かぶのを感じた。
『勘違いしているようですが…。あなた方はこのバスを自分の意思で呼び寄せ、自分の意思で乗っているのですよ』
「は…?」
言っていることの意味が分からず、思わず小さく声を上げてしまった。
自分の意思で…呼び寄せる、だと?
困惑する俺たちを余所に、声の主は話を進める。
『このバスは…、本来生きている世界を捨てた方々の前にのみ現れるのです。自殺願望者を初め、生きていることに意味を感じられなくなった人や人生に絶望した人など、タイプは様々です。普段はそのような意志が無くても、バスに乗る直前はそのような感情が少なからずあったはずなのです』
皆様…心当たりが、あるでしょう?
そのような問いかけに、乗客たちはざわついた。
背もたれから顔を覗かせて周囲を見渡せば、みんな居心地が悪そうに目を泳がせている。
…ということは、図星なのだろう。
隣の男子は相変わらず静かだが、顔は僅かに険しくなっていた。
それにしてもおかしいな、と思う。
俺は自殺願望なんて抱いたことは一度もない。
むしろ、俺は人生の満足度でいうとそれなりに高かった。
なのに、何で俺はこんなところにいるんだ?
一人首を傾げていると、声の主が再び話し出す。
『要はこのバスは、皆様のそのような意志のもとで成り立っている不確かな存在です。それと同時に、皆様にチャンスを与える希望の乗り物でもあるんですよ』
「チャンスを与える、だと…?だったら、ここから降ろしてくれよ」
誰かが耐え切れず、そんなことを言った。
その言葉に誰もがそうだと口を揃えて言う。
『ええ、お望みどおり降ろしてあげますよ』
それは無理な話だと言ってきそうなものだったが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
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