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「はあ…」
自然と漏れたため息に、気分は更に落ち込む。
参考書を鞄から取り出し、羅列している文字をサラサラと読んでいく。
ページを捲るために、手袋を外さなければならないのが面倒だ。
そして何より寒い。
かじかむ手に熱い息を吹きかけ温めるが、あまり効果はない。
もうじき、僕にとって大切な時期がやってくる。
受験なんて、そこまで苦ではないけれど。
ただ準備されたレールを辿っていくだけのこの人生は、酷く滑稽なものに見えた。
周囲の教師は待望の眼差しで僕を見て、周囲の生徒たちは羨望の眼差しで僕を見る。
決して、その期待を裏切ることはしない。
しかし同時に、虚無感が僕を支配する。
何で、こんなことをしているんだろう。
親に操られた人形のような存在の僕は、生きている意味があるのだろうか。
バスがやって来た。
予定より2分10秒早い。
そのことを少し不審に思ったが、僕はいつも通り塾に向かうそのバスに乗り込んだ。
席について、先程の参考書を広げる。
「………?」
何故か、激しい睡魔に襲われる。
どういうことだ…?
先程まで、眠気の一つも感じなかったというのに。
しかしその理由を考える時間もなく、僕の意識は遠く彼方へと行ってしまった。
「ねぇ、ママぁ…」
「どうしたの?」
一人の少女が、母親と思われる女性の服を引っ張る。
母親は近所の奥様方と井戸端会議を開いているところだった。
話の腰を折られた母親は、顔を顰めて少女を見下ろす。
「あのね、さっきそこのバス停に中学生のお兄ちゃんいたんだけど…。そのお兄ちゃんが乗ったバス、ちょっと走ったらスッて消えちゃったの!」
興奮気味に捲くし立てる少女に、母親だけでなく回りの婦人たちも目を丸くする。
そして互いに目を見合わせ、プッと噴き出した。
「ふふ…、アイちゃん。バスが消えちゃったの?」
ご近所のおばさんに話しかけられ、少女はブンブンと首を縦に振る。
「やあね、アイ。バスは消えたりしないのよ?」
母親が呆れたように言い、少女は頬を膨らませる。
「ホントに消えたんだもん…!」
「アイちゃん、夢でも見たのかしら」
「はは、そうかも」
「ホントなのに!」
誰も信じようとしないことに少女は腹を立てる。
どうして誰も信じてくれないの。
あのバス、一体どこに行っちゃったんだろう。
―――ご乗車、ありがとうございます。
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