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「あ、あなたは…?」
突然のことに俺は戸惑いを隠せない。
俺自身、何だか感傷に浸っていたというのも原因だ。
女性はすみませんと謝ると、こちらに歩いて来た。
「私、逢坂と言います。あなたは確か、久我くんですよね」
「え、何で知って…」
「ほら昨日、みんな自己紹介したじゃないですか」
ああ、あの場にいたんだ…
「すみません…覚えてなくて」
「いえいえ気にしてませんよ。私、人の名前と顔覚えるの得意なので…」
女性…逢坂さんはふふっと笑った。
その笑顔が何だか悲しげで、今にも消えてしまいそうだと思ってしまった。
そうだ。ここに来ている人はみんな、現実世界で何かしらの苦悩を抱えていたんだ。
幸せなんて、禁句ワードにでもなりそうな。
「それより…すみません。蘭丸くんとの話を盗み聞きしてしまって…」
「いや、それに関しては別に…」
「久我くんは、偽善者なんかじゃないと思います」
さっき蘭丸に言われた偽善という言葉を、逢坂さんは否定した。
「何を根拠に…」
「これは…女の勘、でしょうかね」
逢坂さんはこちらを見て、眉を下げて笑った。
「こんな異常な状況下で、他人を気にかけるなんて余裕、みんなにはないと思うんですよ。私自身……自分のことばかりです。でも久我くんは、さっき巨大トカゲとの戦闘でも史郎さんや蘭丸くんを気にかけていました」
「それは…俺に危害が及んでなかったからですよ」
「そうかもしれませんね。でも、あなたは2人を心配していました」
私の目には、あなたは偽善者には映りませんよ。
逢坂さんは包み込むように優しい口調で言った。
見た感じ20代後半だが、雰囲気自体はまるで母親のように穏やかだ。
「そう言ってもらえると嬉しいです…。でも、俺はそんなにできた人間じゃないですから」
真っ向から「あなたは良い人」と言われると、どうにも納得できない。
俺は、ここに来てすぐ何人かを見殺しにしたんだ。
あの光景は、これからも一生忘れられないだろう。
ここに来て、自分の情けなさ、脆さ、弱さを痛感した。
それは今も絶賛痛感中ではあるが。
「……あ。どうやら出発するみたいですよ」
少し離れたところで、史郎さんが呼びかける声が聞こえた。
「そうですね」
俺と逢坂さんはリュックを背負い直し、史郎さんの元へと走って行った。
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