268人が本棚に入れています
本棚に追加
肩が震えている。
思い出すのがやはり、辛いのだろうか。
「あの…無理しなくても…」
しかし俺の気遣いも、彼女は「大丈夫です」と振り払った。
「SIDSって…知ってますか?」
「SIDS?」
何だろう、それ。あまり聞き慣れない言葉だな…
「乳幼児突然死症候群…赤ちゃんが、何の前触れもなくある日突然死亡する病気です。医学的な原因は解明されていないそうですが…」
「まさか…」
「そうです。私の息子は、SIDSで他界しました」
俺は息を呑んだ。
欲しくてたまらなかった子供が、原因も不明でいきなり死んでしまう。
想像しただけでも辛い。
「8ヶ月でした…。昨日までは元気だったのに、気がついたら動かなくなっていて。私、頭の中が真っ白で何も考えられなくて…。主人が救急車を呼んだところまでは覚えているんですけど……それ以降の記憶が抜け落ちてしまっているんです」
あまりのショックに、記憶が飛んでしまったんだろうか。
「気が付けば、息子の葬式の場に立っていました」
「そこまで…何も思い出せないんですか?」
「はい…。本当に思い出せないんです。主人曰く、私はずっと狂ったように泣いていたそうです」
子供なんて当然、できたことがないから気持ちが分かるとまでは言えないけど…
それでも、相当辛いんだろうなとは思った。
「それからは…私自身、何をしていたのか上手く思い出せません。うっすらと、主人と一緒に色んなところを旅行していたのは覚えています。悲しみを2人で紛らわせるようにだと思うんですが…。でも、いつ、どこへ、どのぐらいの期間行ったのか……記憶にないんです。そしていつの間にか日が経っていて、気が付けば……あのバスに乗っていました」
……そんな、事情があったのか。
あまりにも平凡な人生を歩んできた俺にとって、その事実は衝撃であり、逢坂さんのような事情を抱えた人が幾人もあのバスに乗っていたのかと思うと…
俺は本当に場違いのような気がしてきた。
「……私、確かに死にたいって思ったような気がします。ずっと、私が何か間違いを犯してあの子を殺してしまったって思っていたから…。私のせいであの子を死なせてしまって、私がのうのうと生きていることが辛かった」
「そんな、逢坂さんのせいじゃ…」
「主人もずっとそう言ってました。それだけは覚えているんです」
俺の気休めな発言は、全く意味がなかった。
最初のコメントを投稿しよう!