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「それでも……そう思わずにはいられなかった。………いえ、そう思わなければやりきれなかったんです」
「……………」
あまりにも重苦しい空気に、俺は口を閉ざした。
俺が何か言える状況じゃない。
先程の発言があまりにも恥ずかしく思えた。
「……久我くん、話を聞いてくれてありがとうございました」
「えっ」
「誰かに話せて…少し、楽になった気がします」
逢坂さんの目には涙の後が見えたが、彼女自身は辛そうに微笑んでいた。
「そんな…逆に俺みたいな平凡男が聞いて、悪いような気がします…」
逢坂さんは首を横に振って、「そんなことありません」と言った。
「久我くんが他人を気遣える優しい人だから…私の話を最後まできちんと聞いてくれた。それだけで、私は感謝しています」
そう言われて、ますます俺は恐縮した。
俺なんか、そんなイイ人間じゃないのに…。
「まだ、私は息子の死を受け入れるのに時間がかかりますが…。今は、生きることに集中しようって思えるんです」
「……生きたい…」
「そうです。だって私、主人を置き去りにしてきちゃったから…。息子のことばかりで、あの人を見ていなかったから……。そう思えるのも、久我くんのおかげなんですよ?」
「え?何でですか」
「久我くんに話してみて、自分の心を整理できました…。だから、今こうして考える余裕があるんです」
話を聞いただけだというのに、えらくこの人に感謝されてしまった。
何だか、被災地にボランティアしに行った人が被災地の人に感謝されて逆にボランティアされて帰ってきたなんていう話をよく聞くが、今まさに俺はそんな気分だ。
「久我くんは、何故あのバスに乗っていたのか…わからないんですよね?」
「そうなんです…。俺は逢坂さんみたいに、死にたいって思ったわけでもないし自分の環境が嫌ってわけでもない…。あのバスに乗せられる理由が、ないんです」
すると逢坂さんはふうむ、と考え込むように口に手を添えた。
「不思議ですよね…。少なくとも、私はバスに乗るに値する人間ではありますが…、久我くんは全くそんなことないのに…」
「そうなんですよ」
本当に不思議だ。おかごに聞きそびれてしまったし、また時間があるときにでも聞こう…。
そのとき、上からバサバサッとゼノが舞い降りてきた。
「チヅル、こんなところにいたのかー。いやあ、人が多くて分かりにくかった」
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