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「………………え?」
俺は大きなリアクションも取れず、ただ絶句した。
何だ、これ。
「お、おい……あんた。何固まってんだ。運転手は?」
どうやらみんな俺の動向を見守っていたようで、振り返れば多くの目がこちらを見つめていた。
運転席と乗客たちを交互に見ながら、恐る恐る口を開く。
「運転手なんて……いない」
「は……?」
サラリーマンだと思われるスーツ姿の男が、俺の言葉を聞いて怪訝な表情でこちらに歩いてくる。
「運転手がいないだと?馬鹿言うな」
「本当ですって…」
男に見えるように体を寄せ、男は運転席を覗き込む。
そして俺と同じように、言葉を失った。
「でしょ?」
「な……んで…」
男は唖然としてしばらく運転席を見つめたあと、よろよろと方向を変えて後ろを向く。
「本当に…運転席には、誰もいない」
「え!?」
「じゃあ一体このバスはどうやって動いてるの!?」
そう。
この事態で頭がいっぱいのため忘れていたが、異次元空間に放り込まれたバスは何故か、動いている。
エンジンを吹かしている音がするし、何よりタイヤが動いているような振動があるのだ。
一見、異次元空間に浮いているように見えたがこのバスはしっかり走っている。
「勝手にハンドルが…動いてる」
視界に写る、ひとりでに動いているハンドル。
不気味な光景に、俺は目を逸らした。
この現実から目を逸らした、と言った方がいいのかもしれない。
夢なら覚めてくれ。
限りなく夢に近い状態だが、こんなリアルな夢は見たことがない。
「キャアアアアァァァ!!な、なんなのよこのバス…!」
「俺はただ家に帰るつもりで乗っただけだぞ!!」
「うわああああああああ!!降ろせええぇぇ!!」
バスの中は、混乱を極めた。
扉の前に乗客たちは集まり、ドンドンと叩く。
窓を開けようとする人もいるが、どちらもビクともしなかった。
「や…やだ……。私、帰れるの…?これ、夢じゃないの……?」
先程俺を起こしてくれた女性が、真っ青な顔でブツブツとそんなことを呟いている。
さすがに彼女も、冷静でいられなくなったようだ。
俺自身、自分の手を見下ろせばブルブルと震えていた。
膝だって笑っている。
発狂していないだけマシだが、不安は最高潮にまで達していた。
『皆様…落ち着いてください』
先程の無機質な声が、再びバスの中に響き渡った。
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