第1話

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俺はもちろん母も正直に全てを話すと思っていた。 本当の事を話せと言ったのは母なのだから。 しかし、人はそう単純ではない。 母も母親である前に人である。 日本人は表向きには礼儀正しく、勤勉で、思いやりがあるというイメージを持たれがちだ。 それは表向きの日本人。 その分裏は綺麗ではない。 隠すからより黒い部分が大きくなる。 それが日本人だ。 母も例外ではない。 自分の身を守るために人を裏切るのはある意味、合理的で正しい判断なのかもしれない。 そんなことを考えながら歩いていると中間期寮の入口に着いた。 「吉田先生、お世話になりました。」 一応先生にお礼を言って、いざ入寮。 吉田先生は… やはり笑っていた。 「失礼します!!!本日新入時寮からこの第4学寮に編入することになりました… 「おいっっ!!」 勢いよく寮に飛び込み、昨日の夜から何度も練習した転寮の挨拶をしようと思ったら何者かに遮られた。 「新入りが入って来たと思ったら何の断りもなくいきなり挨拶とはなんや!!」 寮内に怒声が響く。 40歳そこそこか。 またおっさんだ。 白い肌、丸い体、性格の悪さを物語る歪んだ口、目を閉じながら大声を出す何とも腹の立つ喋り方。 そんなやつにいきなり怒鳴りつけられた。 「まずは、転寮の挨拶をさせて頂きたいのですが、お時間よろしいですか?って聞くんが礼儀ちゃうんか?」 歪んだ口が上下に動く。 イライラしても我慢。 こんな事で反抗して進級が遅れるのはごめんだ。 「すみません」 とりあえず謝る。 「お? 誰に向かって口きぃてんねん。申し訳ございませんやろ。」 拳を握りしめる。 思いっきり殴ってやりたい気分だ。 「も、申し訳ございません」 右手があの歪んだ口を叩き潰そうかと聞いてくる。 「んで何や?何か言いたいことあったんとちゃうんか?」 「あ、あの、転寮の挨拶をさせて頂きたいのですが、お時間よろしいですか」 教官は悪巧みを思いついた悪役のような笑みを見せ、いいぞと答えた。
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