第1話

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 私は、学校というのに通ったことがありません。何故なら、母様の居ない我が家を切り盛りしなくてはならないのですから。炊事、洗濯、家事。やることは父様に届くお手紙の数程あるのです。長女である私が弟妹たちを引っ張らないでどうするというのでしょう。特に年を経るごとに父様は出ずっぱりになっていっており、最近ではこの家に帰るのは夜遅くや、時には早朝などということもしばしばなのです。これでは母親代わりがいなければ、この家の兄弟たちは皆揃って餓死してしまいます。  それに、幼き頃より父様が時折あれこれ暇を見繕っては私の先生となり、文字や計算や外つ国のこと、この国のことなど、様々なことを教えてくれていたので、学校なぞに通わずともさして日常生活に不自由がないというのも理由の一つでありました。  そのように、学校は知らずとも学は多少あると自負している私でしたので、もしもこのお手紙の中身をあらためれば、多少の内容を知ることは出来るでしょう。  今まで父様の手紙の中継ぎ役を何度も立派に務めてきましたが、これ程までに内容を知りたいと欲したは初めての出来事でありました。なんと不埒な娘なのでしょう。自分でも重々承知でありましたが、横柄な態度の配達人が持って来た手紙なんて初めてのことでしたので、一寸(ちょっと)だけ好奇心が頭をもたげたのです。  ほんの少し、躊躇いました。  呼吸音が、兄弟皆して出払っている静かな我が家に殊更大きく響き渡ります。  すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。  幾度か呼吸を繰り返し、急く心の音を静めたのを確認すると、私は「えいや」と封筒の中に手を突っ込んでしまいました。ええ、そうです。父様へのお手紙を、許可なく先に見てしまったのです。  引っ張り出した手の平から、はらりとその紙は廊下へ舞い降りました。はらはらと、雪のように、散る花のようにそっと床へ口付けていくその紙は、落ち様が似ているとは言えやはり雪とは違う訳で、廊下の木目に同化したりなどしません。  それはこの家の中ではあまりにも異質なものに見えました。  鮮烈な紅が、私の目に飛び込んできました。まるで灼熱の炎のようにも、そして毒々しい血のようにも映りました。要するに、禍々しく不吉な未来を想像させるには、その紙の色だけで十分だったということです。
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