第1話

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「やぁよ」  自分でもびっくりする位、甲高い声が口の端からだらだら漏れていきました。 「行っちゃ、やぁよ」  暑い夏の昼下がりだというのに、ぞくぞくと寒気が背筋を走りました。  地に伏せた紅い紙に目を向けて、私もその紙のように地面と睨めっこしました。そして、喉の奥から言葉を搾り出しました。 「父様は、運動が苦手なのよ。頭を使うことしか出来ない人なのよ。ねぇ、そんな人がこのお国にどう役に立つっていうの」  答えるものはありません。この問いを聞いているのは、心も命も、血も涙もない、ただのひとひらの血の花びらだけだったのですから。 ******************* 「皆で写真を撮ろう」  家族皆で居間に勢揃いし、ぞろ食事を始めんとするその時に、父様(ととさま)が徐に周囲を見回して言いました。  いの一番に「何故?」と私は首を傾げてみせます。  ……本当は、その理由なんて分かりきっているというのに、私はわざと無知な風を装って、殊更幼く舌足らずな声色を使っていました。  父様は笑って言うのです。 「昨日言ったけれど、父様は、お国のために戦いに出ることになっただろう。しばらく皆で揃うことなんて無いということだ。それでも写真さえあれば父様が外つ国に行っても、お前たち皆、寂しくはあるまい?」  ……本当は、父様が寂しいだけの癖に。お国のために子供たちを捨てねばならないことを、一番憂いているのは父様の癖に。  弟や妹の中には、戦が命を埋(うず)める墓場のようなものだとは知らない子もいます。そういう子は父様の「しばらく皆で揃うことなんて無い」という言葉を額面通りに受け取るので、「全く寂しくない」と言いたげに、父様の顔を不思議そうに眺め続けていました。  ちょっとそこまでお出かけする――まるで研究所にしばらくこもって、その内ひょっこり帰って来るだけのことかのように――その程度のことに感じられるからでしょう。  でも私と年の近い子は敏感に目の前の家長の未来を察して、深く深く父様の問いかけに頷いてみせました。私も勿論、首を縦に振りました。
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