留美の欲望

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店を出た直後、私は軽く頭を下げながらお礼を言った。 ここの飲食代は彼が全部支払ってくれたのだ。 「とんでもない。僕の方こそ楽しい時間にお礼を言いたいよ」 「そう言ってもらえると嬉しいな」 私は孝一の腕に自分の腕を絡めた。 彼はビクッと驚いた反応をする。 「酔っちゃったから今だけ特別」 私は甘い声で言った。 彼は「う、うん」と言いながら、私の腕を振りほどこうとはしない。 そのまま歩いているとタクシーが通りかかった。 孝一が右手を挙げてタクシーを止める。 二人で後部差席に乗り込むと、私は彼の肩に自分の頭を乗せた。 彼は動かずじっとしている。 なんて純朴なんだろう――。 なすがままの体勢で必死に平静を装っていても、ひどく緊張しているのが分かる。
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