0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
それはある日の夕暮れ時のこと。
一人の男が、町の真ん中に佇む公園をのんびりと歩いていた。
彼は満足気にボストンバッグを抱え込んでいる。
その中には、彼のお気に入りのものが沢山つまっているのだ。
「やった……オレはとうとうやったぞ」
ぼそぼそと呟いて、紅顔をくしゃくしゃに丸める。
顔中に浮かぶ笑みは、見る者全てを魅了した。
彼とすれ違った女性が、一人、また一人とその男に目を向ける。
彼は目鼻立ちの整った紛れも無い端麗な青年である。憮然とした面構えでいてさえ世の女性を虜に出来る程の。ましてそんな彼が甘い色を乗せて微笑んでいるのだ。目を奪われない女性など存在するだろうか、いやいない。
「まぁ、なんて素敵な方なんでしょう」
世の女性の内の一人である通行人が彼の魅力にあてられて、おもむろにその後についていった。
それに従うように、今まで彼をじっと見つめていた者やたった今見つめた者が一列にぞろぞろと並んでいく。
それはとても異様な光景であった。女性達は本来の行く先をすっかりと忘れ、男の赴くままに先へ先へと歩を進める。
肝心の男はと言えば、背後に脈々と足音が続くことを段々不思議に思い始めていた。まるで集団でハイキングでもしているみたいな、多数の足音が自分と同じ方へ向かっている。
「……と言うより、これは……」
彼は妙な胸騒ぎを感じた。
何だか嫌な予感がする。
そう思った彼は、思いを振り払いたいがために背後を振り返った。
「……嘘、だろ……?」
そこにはハーメルンの笛吹き男がもたらした悪夢さながらの光景があった。
これは何かの冗談だ。
彼はそう考えて笑い飛ばしたくなった。
しかしこれが事実だった。現実は甘くは無く、笑いかけた彼の口は直ぐにもぐもぐと妙な動きをする羽目になる。
「きゃ、こっちを向いたわ!」
「あの人、私の顔をじっと見てる!」
「やぁね、あんたみたいな不細工を見てる訳無いでしょ! 私のことを見てるのよ」
「何バカなこと言ってるの? 鏡見て出直してきなさいよ!」
最初のコメントを投稿しよう!