美術室

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 あたしは隣で絵の具と戯れる児島を見つめる。  美術室独特の画材くさいにおいと、児島の頭皮のにおいがじんわりと混じるのを鼻の奥で感じる。  ―いくつかの石の人間といくつかの鳥のはくせいに見守られて。    彼は表情に乏しいけど、絵を描いているときはとても生き生きしているように見える。    ごわごわした栗色のくせっ毛(フケがついている)。黒いビー玉みたいな目、無駄にでかい涙袋。(目ヤニ付き)半開きの薄い唇(がさがさで血が噴き出ている)。プラスアルファで指紋で汚れた黒縁メガネ、シワの入りまくったブレザーと裾がボロボロになったズボン。  ぼろ雑巾をギジンカしたらこんな感じになるのだろうと思う。    そして、不思議なことにぼろ雑巾を見て心をときめかせている自分がいる。  人生、何が起こるかわからないもんだ。  「ねぇ、楽しい?」  あたしが聞くと、児島はキャンバスに向かう手を一旦ぴたりと止めて答えた。  「今は苦しい」    彼はいつも淡々と言葉を発する。声を荒げるのも聞いたことがないし、必要以上にひそひそ話すのも聞いたことがない。ほんとうに、いつも一定の声量とスピードで話すのだ。    あたしは窓から差し込む夕日で金色になっている児島の毛先を見ながら、またゆっくりと尋ねた。  「どこらへんが苦しいの?」    「ここらへん」  ほっそりした指で指した先には、ちぢれ毛で、チェックのワンピースを着たのっぺらぼうの女の子がブランコに乗っている。  背景は夕日とただっぴろい野原が写真のようにせんさいに、めんみつに描かれている。  彼の絵はとてもふしぎだとあたしは思う。  じぃーとみると、年長の時に死んだおじいちゃんのこととか、遠い昔転校した友達のこと、小学校のころ遊んでいて、今はもう駐車場になってしまった空地とか、そういうさみしくて胸がきゅっとなることばかり思い出してしまうのだ。  かんじんの女の子の顔は、どうしても顔が決まらないらしく、何度も描いては首を傾げ、また消していく、の繰り返しだった。  彼は、多くを語らないけど、そう言われてみれば苦戦しているんだなというのはなんとなく感じ取ることができた。  「…どうでもいいけどさ、目ヤニ取らないの?」    最後の質問には答えず、児島は再びちまちまと筆を重ねていった。
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