美術室

4/6
前へ
/11ページ
次へ
このクラスに留年した男子がいるという噂を耳にしたのは、学年が上がりクラス替えをして間もないころ。  「児島だって」  みぃちゃんはテッカテカにグロスを塗りたくった唇を上にあげ、小声で彼を指さした。隣で、ゆっけとしおりもバカにしたようにクスクス笑う。  そいつは、一番後ろの窓際の席で、いつもぼんやりと外を見ているがりがりで汚らしい男子だった。  「あんな陰キャだと思わなかった。期待外れ」  しおりがつぶやいた途端、耐えきれなくなったという風に、3人は一気に吹き出し、大笑い。  新学期でせっかく固めた「仲良し」メンバーの輪を乱さないよう、あたしもなんとなく合わせて笑った。    そんな噂をしていたのは、あたしたちだけではない。しばらく、クラス中が彼の話題で持ち切りだったのだ。  見た目以外にも(ダサいとか汚いとか)、彼が頻繁に休んだり遅刻したりするのも噂の種だった。  ただ単に、出席日数が足りなかったから留年したのだとあたしは思っていたけど、中にはケンカして留年したとか言い出すクラスメイトもいた。    もちろん本人に直接確認をとる人は、誰もいなかった。本人は気づいているのかなって、気になるけど。  でも、4月から5月、6月と月を重ねていくごとにだんだん児島への興味が薄れていったのか、彼のうわさをする人は少なくなった。児島は空気のようになっていったのだ。    唯一、何か月たっても彼を見続けていたのはあたしぐらいのものだろう。  授業中も、休憩中も、みぃちゃんたちがこっちを向いていないことを確認して、いつも彼のことを横目で眺め続けた。  もちろん、何の意味もなく眺め続けていたわけじゃない。あたしは、自分自身でうすうす気付いていたのだ。  小島に、恋をしているということに。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加