美術室

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恋なんて勘違いみたいなものだとはよく聞くから、あたしの場合もただ気になっているというだけで、恋ではないのかもしれない。     だけど、あたしの中ではこれを恋だと呼ぶのにふさわしいと感じていた。今までそんなに1人の異性のことを意識することが無かったから。  まるで小学生が朝顔の観察をするように、毎日こつこつと児島を観察し続けた結果、わかったことがあった。彼は、放課後どこかに通っている。  どこへ行っているのか知りたいけど、ついていったらそれこそ本当のストーカーだ。あたしの理性がそれを止めた。  どうすればわかるんだろう。  答えは、簡単だった。彼に直接聞けばいい。  ―ホウカゴ、ドコニイッテルノ  児島は、眉一つ動かさず、あたしの目をまっすぐ見て言った。  「美術室」    こんなに間近で児島を見るのは初めてだった。近くで見れば見るほど汚い。だけど、瞳はとってもきれいだということに気付いた。  放課後の、2人きりの教室はどこか異質な空間のように感じた。吹奏楽部のへたくそなラッパの音が膜の外で鳴り響く。あたしは、自分の胸の鼓動とその音をぼんやりと感じていた。  何分彼と見つめ合っていたのか分からない、あたしはただ何を考えるわけでもなく、口を開いた。  ―アタシモ、イッショニイッテイイ  今考えれば消極的なあたしが、こんなに大胆なことをできるなんて、フシギだなと思う。自分でも、なんでそんなことができたのか分からない。そのときはそれが自然のことのように思えたのだ。  5秒ほどたって、彼は言った。  「うん」  彼の笑った顔を、そのとき、あたしは初めて見たのだった。
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