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「大倉……はるなさん?」
笹山部長から渡されていた目の前の人物データをちらりと見つつ名前の確認をすれば、どうやら間違えたらしい、すぐさま訂正が入る。
『ひな』という読みに、ついまんまではないか、と思ったことがそのまま言葉として口をついて出てしまえば、同席していた安堂に睨まれた。
確かに今のは失礼だったか、と謝罪をしようとすれば、間違われた本人がこちらよりも先に小さく「すみません」と言葉を出した。そのことに安堂は慌てて彼女を慰め、俺は、といえば……意味のわからない苛立ちを憶え、息を吐き出すことでその感情を抑えることしかできなかった。
「とにかく、今日からよろしく、大倉さん」
そう声を掛ければ、彼女――大倉陽菜は、小さく縮こまりながらやはり小さな声で返事を返してくる。この状況に、未だ納得し切れていない、そんな様子がありありと見て取れた。
だが、これは決定事項だ。それを理解させるために、もう一つの決定事項を伝えると、大倉はあからさまに狼狽えて顔を上げた。
「……で、このあと戻ったら君の荷物、私のデスクの隣に引っ越してきて下さい」
「はっ!?」
「私の補佐に入るんです、そのほうが効率が良い」
「あの、やっぱりムリが」
まだ足掻くか、と、彼女の言葉にまた苛立ちがいや増す。
「そんなことは承知しています。今の君に安堂さん並みの働きなんて期待していないし、まず無理な事も承知の上です」
いけ好かない営業相手にさえここまで突き放した言い方はしたことはないな、と、内心自嘲を浮かべてしまうほど、俺は彼女に冷たく言い放った。
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