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「……なんで?」
特に見えにくい素振りはしなかった筈だ、と、つい問い返してしまった。普段も眼鏡は掛けていないし、持ってもいないのだ、俺が目が悪いと思っている社員はそれこそいない。
そんな俺の反応を彼女はどう捉えたのか、伸びていた背をさらに伸ばして緊張した声を出す。
「やっ! あのっ! なんとなくっです……」
尻すぼみなその言葉に、しかし、仕事ができない彼女の別の可能性を考えている自分がいた。
だがそれは、まだ確定事項にはならない。まだ、『たったこれだけの些細なこと』の範疇だ。
「よく見てる」
『なんとなく』で気付くようなことではないだろう、とは思ったのでそれだけを返す。それに対し、何故か彼女はまた、謝罪をしてきたが……。
これはもう、彼女の癖なのだろう。もしくは仕事をするようになってからこれまでの弊害か?
「これ、各部門ごとの売り上げと決算と諸々、付箋付いたところにある記録を資料として欲しいからまとめておいて」
「は」
取り敢えず、彼女がどれほどの技量があるのかを確認するために、事前に用意しておいた仕事を渡すと、武士みたいな返事をしてきた。その後も……。
「こっちのファイルにこの会社のフローチャート、参考にどうぞ」
「は」
「……時代劇好きなの?」
「は?」
「は、ばっかりだから」
「……いえ、や、……あ! 鬼平は好きですっ!!」
「…………、あとよろしく」
「……はい」
……正直に言えば、途中から面白がっていたのは否めない。
一端からかって赤くなってしまった彼女をそのままにして、安堂や笹山部長にこの後のことを頼むと、再び、今度は定時には上がるよう釘を刺しに戻る。
「いえ、ちゃんと仕上げてから帰ります」
想像していたものとは違う返答が来たが、そこはきっぱりと上がるように指示をすれば、納得のいかない顔をしていた。
――表情に出やすいんだな
まあ、ほんの半年前まで学生だったしな、と若干その素直すぎる反応に呆れつつ、俺は彼女のそばを離れたのだった。
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