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伏せていた走馬が、ふと顔を上げた。
よく耳を澄ませると、足音が聞こえる。誰かがこの部屋に向かって走ってくるようだ。
障子を開けて中に入ってきたのは、体の弱そうな男。走馬の実弟、勇馬だ。
勇馬は、息を切らせ、目をむいていた。
「勇馬様……」
相良が思わずその名を呼ぶが、勇馬も走馬同様、相良のことを視えていないらしい。
「兄上……。相良が処刑されたというのは……本当ですか……?」
勇馬の顔は真っ青だ。それに両手が震えている。
そんな勇馬の様子に怪訝な目を向ける走馬を見て、相良は背筋の凍る思いをした。
相良の無実が明らかになれば、走馬は激しい罪悪感に襲われることになる……そう気付いたからだ。
「だめだ、勇馬様。真実を言っては」
「無駄さね。お前さんの声なんか届かんよ」
ユキが憐れむような口調で言った。ユキの言うとおり、走馬も勇馬も相良の声に見向きもしない。
「……あぁ。昨夜、宗田の城で死んだ。相沢家に情報を売っていたそうだ」
走馬の力無い声でそう答える。その直後、勇馬の顔がさらに引きつった。
「そ……んな……。兄上……私はどうしたら……」
そう呟き、膝をつく勇馬。その姿に、走馬が更に顔を歪めた。
「……なぜ、お前がそんなに怯えている? 何か知っているのか?」
走馬の問いに答えようと、勇馬が口を開きかける。と同時に相良が声を張り上げた
「言うな!」
――これ以上、走馬を傷付けるのは嫌だ。頼むから……裏切り者の、最悪の従者として死なせてくれ。
しかし、そんな相良の思いも虚しく
「相良は……裏切ってなどいません。相沢家と内通していたのは……私なんです」
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