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 それでも、いまはその目立つ外見が少しは役に立ったようだ。 「あっちの方ですね……」  そう言って辰星は背筋を伸ばして首を捻り、かけている眼鏡を長い指先で押し上げた。 「捜してみます」  目は悪くない。むしろ、視え過ぎてしまうことが問題なのだ、辰星には。眼鏡は、余計なものをうっかり視てしまわないよう、自戒のためにかけている。  辰星は、なんとも不思議で奇妙な三番目の〈眼〉を持っている。その〈眼〉は、辰星の眉間から飛び出し、鳥のように空を切ることができる。そして、遠く離れた場所であっても、何かに覆い隠された場所であっても、その〈眼〉で覗き視ることができてしまうのだ。  いまも、辰星の眉間から飛び出したその〈眼〉が、上空から人波を視下ろしている。その視界には、琥珀を庇うようにして壁際に立つ自分自身の姿すら捉えている。  またその〈眼〉は他の誰にも見えず感じられないものらしく、辰星が〈眼〉を飛ばしていることを誰かに気付かれたことは一度もない。だから辰星はこうして飛ばした〈眼〉をなんの躊躇いもなく滑空させ、人々の間をすり抜けるようにしてあらゆるところを視渡すことができるのだ。 「居た」  辰星の呟きに、琥珀が顔を見上げる。 「こっちです」  琥珀を抱きかかえるようにして辰星は人波を掻き分け始めた。  いくら頭ひとつ飛び出すほどの長身だとは言え、これほどまでにごった返した人々の中ですぐさま小柄な女性一人を発見するというのは、少し考えるだけで随分と不自然なことだとわかるはずなのだが……それでも、琥珀は何も問わない。それどころか、安堵しきった表情で辰星の腕に掴まり一緒に人波を掻き分けていく。  何も問わないでいてくれる……そのことが、辰星には心底有り難かった。  芸妓の置屋である糸把屋(しはや)に辰星が居候させてもらうようになって、そろそろ二年半になる。一緒に暮らしていればいまのようなとっさの場合、不自然に感じられることもついしてしまうものなのだが。  人は大抵、己に理解できないものを忌み嫌うものだ。  辰星は、自分のこの奇妙な〈眼〉のおかげで、人々から石を投げつけられ〈化け物〉と呼ばれた幼い日の痛みを、鮮明に覚えている。
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