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部屋が暗い内に神頼みでもしておいた方がいいと思い、椅子からY氏は立ち上がろうとした。だが、宿命はそれを嘲笑うかのように部屋の外に人の気配を感じさせた。
(もう時間か・・・)
Y氏は腕時計を改めて見た。運命の時間まで、まだ八分残っている。この残り時間では生き残れるかどうか微妙だった。最近の課せられた宿命は複雑になりすぎて、最後まで気を抜くことができない。一昔前の犯罪者の宿命は分かりやすかったから良かったが、今では室内にいようと死ぬことも珍しくない。Y氏は自らの宿命を呪うしかない。
そうこうしている間に、部屋と外を仕切る一枚の扉が大きく叩かれた。扉を叩く音に混じって、刑事の怒声も聞こえた。
Y氏には分かっていた。どんなに、抵抗しようとこうなってしまっては、どうすることもできないのだと。例え、何重に鍵を掛けて難を逃れようとしてみても、抗いようのない力が扉を打ち破る。それを知っていたから、Y氏はあえて扉を開けようとしなかった。少しでも時間を稼ぐ為だ。
扉は一分もしない内に破られた。ズカズカと大勢の人がY氏の部屋に乗り込んでくると、部屋は明るくなった。
「Y氏!殺人容疑で逮捕する!」
やってきたのは丸い黒縁眼鏡の刑事だった。大した仕事もしていないのに、逮捕の時だけはやたらと張り切っていた。逮捕状を突きつけられてもY氏は慌てない。自分が犯罪者だからと分かり切っているからではない。初めは何食わぬ顔をして文句を言わなくてはならないのだ。それが、Y氏の宿命なのだ。
「何ですか!私の部屋にズカズカと入ってきて。それに、殺人容疑だって?身に覚えのないですよ!」
ひとまず、駆けつけてきた刑事達にY氏は文句を言う。その文句も力を込めたものだ。自分の宿命が分からないという、苛立ちもあって文句に感情を込めずとも、荒々しくなる。
Y氏が文句を言っていると黒縁眼鏡の刑事の後ろからヨレヨレの服を着た中年ぐらいの男性が姿を現した。一見すると、冴えない男であるが、実は警察以上の捜索能力を持っていた。
男は探偵であった。
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