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「あ、そうだ。今日、買い物行くけどなにか欲しい物ある?」
朝。一般家庭の玄関で、母と娘が向き合っていた。制服に身を包んだ娘は、少し考える素振りを見せると、「塩シフォン」とだけ答えた。
「テレビでやってたやつ? あの金色の」
母の問い掛けに「うん」と頷く。しかし母は苦笑を浮かべ、
「さすがにそれは無理よ」
と言うだけだった。娘はふくれっ面になりながら、腕時計に目をやる。「やば」と小さく声にすると、「行ってきます」と出ていった。近所の人へ会釈をしつつも、バスに乗り遅れては大変だと、学校に向かって急いだ。
そうして退屈な一日が始まる。受動的に一日をこなしていく。午後の授業では眠気に襲われる。他の誰とも変わらない、普通の日々を過ごしていた。
「えっ綾菜もう帰っちゃうの?」
放課後、女子生徒たちが集まって喋っている中、綾菜は帰宅の準備を進めていた。
「うん。お母さんが塩シフォンを買って待ってるはずだから」
「あ、もしかして昨日テレビでやってたデュボンの金色塩シフォン?」
「いいなー!」という声を背に、「わかんないけどね」と笑いながら、綾菜は教室を後にした。もちろん、そんなものが待っているはずがない。それは綾菜にも分かっていた。だが、何かに引かれるように、帰らなければと、綾菜は急ぐのだった。
「ねえ、金色鏡ってしってる?」
「きんいろかがみ?」
「そう。金の装飾の胸から上が映るくらいの大きさの鏡なんだけどね」
「それがどうしたの?」
「亡霊が宿ってるんだって。夜、霊にうなされるの。鏡を手放したら無くなったんだって」
「それってやっぱり……」
「ホンモノの……亡霊?」
大きく傾いた陽の光が教室に差し込んでいる。女子生徒たちは、絶えることのないおしゃべりを続けた。
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