かがみ

3/10
前へ
/10ページ
次へ
 「あ、そうだ。今日、買い物行くけどなにか欲しい物ある?」  朝。一般家庭の玄関で、母と娘が向き合っていた。制服に身を包んだ娘は、少し考える素振りを見せると、「塩シフォン」とだけ答えた。  「テレビでやってたやつ? あの金色の」  母の問い掛けに「うん」と頷く。しかし母は苦笑を浮かべ、 「さすがにそれは無理よ」  と言うだけだった。娘はふくれっ面になりながら、腕時計に目をやる。「やば」と小さく声にすると、「行ってきます」と出ていった。近所の人へ会釈をしつつも、バスに乗り遅れては大変だと、学校に向かって急いだ。  そうして退屈な一日が始まる。受動的に一日をこなしていく。午後の授業では眠気に襲われる。他の誰とも変わらない、普通の日々を過ごしていた。  「えっ綾菜もう帰っちゃうの?」  放課後、女子生徒たちが集まって喋っている中、綾菜は帰宅の準備を進めていた。  「うん。お母さんが塩シフォンを買って待ってるはずだから」  「あ、もしかして昨日テレビでやってたデュボンの金色塩シフォン?」  「いいなー!」という声を背に、「わかんないけどね」と笑いながら、綾菜は教室を後にした。もちろん、そんなものが待っているはずがない。それは綾菜にも分かっていた。だが、何かに引かれるように、帰らなければと、綾菜は急ぐのだった。  「ねえ、金色鏡ってしってる?」  「きんいろかがみ?」  「そう。金の装飾の胸から上が映るくらいの大きさの鏡なんだけどね」  「それがどうしたの?」  「亡霊が宿ってるんだって。夜、霊にうなされるの。鏡を手放したら無くなったんだって」  「それってやっぱり……」  「ホンモノの……亡霊?」  大きく傾いた陽の光が教室に差し込んでいる。女子生徒たちは、絶えることのないおしゃべりを続けた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加