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◆ ◆ ◆
「ねぇ、君。ちょっと待って。」
朝の昇降口に響き渡る声。
その場にいた大勢が、声の主を探して振り返った。当時の僕も、その大勢の中の一人だった。
そしてその場にいた大勢が、声の主である彼女に目を奪われた。当時の僕も、やはりその一人である。
私立昴原学園一年一組、城田麻姫。
学園始まって以来の秀才にして、学園始まって以来の美少女。
仁王立ちをして、頬を染めて叫ぶという
姿さえ絵になる。
注目せずにいられない。
些細な所作も、逸脱した行いも、誰もが思わず見入ってしまうような魅力が、彼女にはある。
だからその時、僕は彼女と目があったのは偶然か気のせいだと思っていたし、彼女の言う「君」が僕のことだなんて思いもしなかった。
僕は他の大勢を見習って何食わぬ顔で彼女とすれ違い、通り過ぎようとした。
しかしその瞬間、彼女は僕の腕を後ろからぎゅっと掴んだ。
「待ってよ、君のことを探して、君のことを待ってたんだ。」
彼女の真剣な面持ちに、何事かと戸惑った。もちろん、思い当たる節はない。
人違いの線が濃厚なのだが、彼女は僕の目をまっすぐ見つめて離さない。あまりに見られ過ぎて僕の方が視線をそらしてしまった。
人通りの多い始業前の正面玄関で、僕と彼女は注目の的だ。
とても、恥かしい。
「君に話があって君を呼び止めたんだよ。人違いじゃないよ。ぇと……」
これまで勢いよく動いて喋っていた彼女が、急に目を伏せて口ごもる。
面持ちは変わらず情熱的であるが故に、何事かに困っているという彼女の現状がありあり伝わって、僕は思わず「どうかした?」と尋ねた。
「……名前、教えて。」
正直、驚いた。
とにかく面食らった。
吃驚した。
彼女は顔を真っ赤にして俯いている。
こんな公衆の面前で、こんなに積極的に、紛れもない確かなご指名で呼び止められて、話があると言いながら、指名する名前を聞かれるとは思いも寄らなかった。
古いRPGか、安い恋愛シュミレーションゲームのチュートリアルでしか行われないイベントだと思っていた。
「入学してもう2ヶ月にもなるのに、誰も君のことを知らないんだ。」
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