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入学式で入学生代表の挨拶をした彼女の名前は、確かに誰もが知っている。加えてこの可愛さ、愛らしさなだけに、最早紛れもなく「知る人ぞ知る」存在だ。
一方の僕は抜きん出たところも目立つところも何一つない、無名も良いところの一般生徒である。目立たない上に、地味でもなく孤立もしていない。
良くも悪くも人畜無害。
入学から2ヶ月。日に日に知名度を上げる彼女とは違って、無名でなくなる必要のない一般人に落ち着いている。
故に、曰く誰も知らないというのは大袈裟だとしても、あながち間違ってはいない。
「君のクラスメイトに聞いても、誰のこととか言われたんだよ。私はこんなに、君のことを知っているのに、私は君のことを知ることができなくて……、他の誰かに尋ねるための、君を表す言葉がなくて、君の名前を知りたくて……」
彼女は僕に名前を訪ねた理由の説明をはじめた。
彼女が理由を付け足すごとに、学校内での僕の存在感の薄さが浮き彫りになっていく。それに気づいてかどうか、僕をなるべく傷つけずに済む言葉を探して、徐々にしどろもどろになっていく。
僕は言葉を返す頃合いを見計らっていたはずだが、次第に彼女の必死な言葉を、最後まで聞かなければならないような気になってしまっていた。
彼女の恥ずかしい一人芝居は、きっとこの時から始まっていたのだ。
「ちょっと、何とか言ってよ……」
彼女が半泣きになるのも無理はない。
だがすでに、いやはじめから、僕はどんな言葉を彼女に返し、どんな態度で彼女に臨めばいいのかわかっていなかった。
彼女もまた、一生懸命紡ぎだす言葉にまったくと言っていいいほど反応を示さない僕に、これ以上何を話せばいいのかわからなくなってきたといった様子で、ついに黙ってしまった。
人の行き交う声と音がやけに大きく聞こえる。
もはや僕と彼女のやり取り……いや彼女の一人芝居を黙って観ている者はいない。
我が校始まって以来の秀才にして、我が校始まって以来の美少女も、入学から2か月も過ぎれば一人の女子生徒にすぎないといったところだろうか。僕と同様に朝の学校の、いち風景なのだろう。人間というのは薄情な生き物だ。
などと、ただ今の場面に、彼女との会話の脈絡に一切何の関係もないことをぼんやり考えている僕こそ、他の誰よりも薄情な人間であることは言うまでもない。
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