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気まずい沈黙。
事の理解を放棄して上の空の僕。
何をどのタイミングで話そうかと考えながら、あわよくば向こうから「何か」言ってくれるのではと淡い期待を抱く彼女。
時計の上では約2分、体感時間で約10分が経過した頃、ホームルームの予冷が鳴った。
時間の流れは自然の摂理であるが、きっかけがなければ止まっているのと同じことだ。
予冷が止まった二人の時間をうまい具合に動かした。
教室へ行こうか、と僕の方から白々しい言葉で沈黙を破って、この茶番に幕を降ろすつもりだった。
彼女はまるで聞こえていないといわんばかりに俯いて動かない。僕は仕方なく、彼女を置き去りにして背を向けた。
「――――……!?」
ぎゅ、という効果音が最適だろう。
この演目に観衆がいるなら、この物語に読者がいるなら、予想通りもその通りの展開だろう。
背を向けた僕の背中を、彼女は捕まえて抱きしめてきた。
残念ながらその勢いは少女マンガでおなじみの、恋する乙女の心ときめくハグ程度のものではない。
ゴム底の上書きがぎゅっと音を立てるほどに強く激しく踏み込んで、そう、どちらかというと青年マンガのヤンキーかラグビー選手のタックルに近い、抱擁というよりむしろ攻撃だった。
不意の攻撃を食らった僕は、そのまま床に顔面から倒れ伏せて、声も出なかった。
「好きです。」
声も出なかった。
彼女は小さくごめんといった後、僕の体に回した両腕にさらに力を込めた。
「好きだから名前教えてください。」
私立昴原学園一年一組、城田麻姫。
学園始まって以来の秀才にして、学園始まって以来の美少女。
この日から、凡庸な一般生徒にすぎない僕は、身の丈に合わない相手との恋物語を演じることになった。
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