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第一章 咲かない桜
この年の春、この学校を囲うようにして植えてある桜の木に花が咲くことはなかった。
櫃本 拓海は校舎の窓から淋しくうなだれている桜をみては一人しゅんと気を落としていた。
窓はつめたく凍てついている。
もう季節は冬なのだ。
おそらく外では、冬特有のあの虚無感にみちた空風が、この世界にいる人間を困らせてやろうとせわしなく走りまわっているに違いない。
そんなことを思うと、拓海はさっきよりも一層やるせない気持ちになった。
拓海は放課後の教室から見えるにび色の街の景色を、ただひたすらにぼーっと見つめていた。
彼はこの景色が嫌いではなかった。
校舎という、この世界から隔離されたような閉鎖的空間で、唯一時間の流れを感じることができるのもこの景色のおかげであったからだ。
しかし今年はどうだ?
春から現在に至るまでのこの数ヶ月。
窓の外の景色はいつも冬だったではないか?
桜は咲かず、緑生い茂ることもなければ、その葉をちらすことすらなかった。
見える景色はいつも、淋しくうなでれている木々だけ。
年を通して募らせていた、この咲かない桜の木々に対する不満が、今になってふつふつと自分の心の奥底からこみあげてくるのを感じた。
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