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目をそらせない。
男は何かを感じたのか、
妻であろう女性から目線を外し
立ち尽くす私の方へ顔を向けた。
明らかに男の表情が強張った。
走り出したい衝動を抑えて
ゆっくりと男の脇を通り抜ける。
甘いタバコの匂いとシトラスの香水。
唇を噛み締め、自分のつま先だけをみつめて歩く。
小刻みに震える手で事務所のドアを開けるためのパスワードを押した。
耳障りなエラー音が鳴る。
額をドアに押し付け
浅い呼吸を繰り返した。
ピッピッピッピッ
ドアノブに掛かる綺麗な指先が見えた。
ドアを開け、私の背中をそっと押した。
アルコール消毒の匂いとシャンプーの香りが鼻を掠めた。
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