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私は試香紙を元に戻し、慌てて辺りを見渡した。
息が、止まる……。
「セ……」
僅か数メートル先にセンセイらしき男性の後ろ姿。紺のスーツ、衿から覗くストライプのシャツ。黒髪、白い指先。黒の革鞄と共に小さな紙袋を下げていた。
「サボン? 可愛らしい香水だね」
「……そうね」
清潔感漂う淡いブルーの液体。男は、プレゼントしようか?、と言い試香紙で香りを確かめる。私はあやふやに、ええ、そう、と噛み合わない返事をした。上の空。横目にセンセイを追う。
男は、女の子らしい香りで君のイメージに合うよ、と店員に差し出した。案の定、私はすぐにセンセイを見失った。見失ったところで何も無い。仮にセンセイの跡を付けたところで何になると自問する。逆にセンセイが私に気付いたところで何になるというのだ。
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