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「煌騎、これを……」
隣に膝をついた和之さんが彼に何かを差し出す。
それはおそらく煌騎が出掛ける際にもしもの時の為にと預けていった、真新しい携帯用のビニール袋だろう。
けれど彼はそれを受け取らなかった。
ただ私だけを見つめ、凄く思い詰めた表情をする。
そしてぎゅっと腕に抱く力を込めたかと思うと、耳許で小さくすまないと呟いてそっと私の唇に何かを押し付けた。
「「「―――ッ!?、」」」
「あら、まぁ♪」
「おいッ!? ちょっ―――…」
瞬時に周りの皆が息を呑む。
流星くんや虎汰は直ぐさま止めに入ろうとしたけど、優子さんや虎子ちゃんに制止させられる。
突如唇に触れた温かくて優しい感触のもの……。
その正体が煌騎の唇だと気づくのに、私は随分と時間が掛かった。
ピタリと重ね合わさった唇から吐き出した息を取り込み、鼻から逃がして彼自身の息を私の唇に送り込んでくれる。
ゆっくりと優しく、そして労るように何度も煌騎は唇を重ねた……。
初めは戸惑ったけれど時おり緊張を解すように親指の腹で頬を擽られ、強張っていた身体は嘘のように解ける。
人に優しくされたことのない私は胸がうち震えるほどに嬉しくなった。
止めどなく流れる涙をそのままに、懸命に彼から注がれる酸素を受け取ろうと呼吸を合わせる。
煌騎の息は驚くほどに甘くて心地好かった。
徐々に息が楽になってきても私は唇を重ねることが止められない。
「あ~、そろそろ俺らの存在も思い出して貰えるとありがたいんだが……?」
「―――えっ!?、」
しばらくしてコホンと咳払いをしながら少し離れた位置にいた虎治さんが言う。
その声でやっと我に返った私は慌てて彼から離れて周りの状況を確認し、皆に見られていたという事実に気づいて己の顔を真っ赤に染め上げた。
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