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俯きながら指先が意識せず自分の唇の上をそっとなぞる。
(―――ここに煌騎の唇が触れたんだ……)
「……………イヤ、だったか?」
不意に彼の声が頭上から降ってきて驚いた。
一瞬だけど心を読まれたのかと思ったのだ。
予測していなかった言葉だけに私は思わず顔を見上げてしまう。
すると煌騎は神妙な顔付きでこちらを静かに見下ろしていた。
まるでその事を悔いてでもいるかのような面持ちに、私は少なからずショックを受け息を呑む。
「―――なっ…にが……?」
「………お前、車に乗り込んだ時からずっと自分の唇に触れてる。そんなにイヤだったか?」
「――――ッ!?」
肩がビクンと震えた。
この場を誤魔化したいのに、彼の強い眼差しがそれを許してくれそうにない。
私は意を決してまた口を開く。
「………どう…して、……そう思うの?」
本当は聞きたくはなかったけど、でも聞かずにはいられなかった。
彼が本当は先ほどの行為をどう思っているのか……。
なのに―――…
「さぁ、チィがさっきから無言だったからかな……」
どうとでも取れる彼の返答に、けれど私は落胆する。
何かもっと違う言葉を掛けてくれたなら、胸の内をすべて打ち明けられたのに……。
でもそこまで考えてハッとする。
私は何を彼に打ち明けようというのだろう?
煌騎には既に許嫁の愛音さんがいるのに……。
もしこの気持ちが本物だとしても、想いは決して報われない。
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