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それを近くで見ていた運転手の篠山が、慌てて俺たちの間に割って入ろうとする。
が、俺はそれを手で制して無言のまま首を横に振った。
加減したのか殴られても大して痛くはなかったし、健吾の怒りも十分に理解できる。
それに受けた衝撃でやっと冷静さを取り戻す事ができたので、これ以上は篠山が心配するような事は起こらないだろう。
先ほどまでの俺はドス黒い感情に呑み込まれていた。
チィが二度目の発作を起こした時に傍にいてやれなかったのも腹が立つし、あいつが俺を心から望んでくれなかったのにも憤りを感じてしまったのだ。
だからといってチィ自身に当たるのは筋違いだったと、冷静になった今ならわかる……。
正直にそれらを打ち明けると健吾は苦笑いを浮かべ、俺の胸を強めに小突いた。
「お前も所詮は人の子って事か……。ま、拳喰らって正気を取り戻す辺りお前らしいけどな♪」
先ほどとはうって変わって穏やかにそう言うと車の方に視線を向けた。
それから健吾は優子さんに連絡を貰ってチィの診察に訪れたのだと告げる。
発作の件も既に聞いていて、急患もとりあえずは落ち着いたのでこちらに顔を出したのだという。
「そうだったのか…、先の急患で疲れているのにみっともないところを見せたな。すまない」
「気にするな♪俺はただチィが幸せでいてくれるならそれでいい。お前がどんなにカッコ悪い失態を晒そうと一向に構わんさっ☆」
人がしおらしく頭を下げれば嫌味な顔でニッと笑い、健吾は力任せに俺の頭をグシャグシャと撫で回す。
相変わらずの馬鹿力に顔を顰めつつ、迷惑を掛けた手前その腕を振り払えずになんとか堪える。
だが内心はこいつも色んな意味でチィが大切なのだと、屈託なく笑う奴を見て思った。
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