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「フフッ。やだわ、煌騎さんったら。人のことまるで幽霊でも見たように……」
艶やかな着物姿で現れた“女”は鈴の音のようにクスクスと笑い、俺の不様な呆け顔を揶揄した。
自慢の漆黒の長い髪はそのままに、厚い唇にだけ真っ赤な口紅が引かれている。
血色の良い肌は透けるように白く、その深紅の色を更に際立たせた。
まるで生き血を啜ったようだと、思わず失笑してしまいそうになるのを俺はなんとか堪える。
コイツが跡目の忘れ形見で鷲塚の親父の愛孫、鷲塚 愛音(ワシヅカ アイネ)だ。
あの事件以来、愛音は鷲塚組で大事に育てられている。
今となってはコイツだけが組を継ぐ資格を持つ後継者だからだ。
そして俺の許嫁でもあった。
親父は跡目の遺言を律儀に守り、本気で俺と愛音を結婚させるつもりでいる。
恩義ある親父に仇で恩を返したくはないが、俺は正直この縁談には乗り気になれなかった。
それは未だ疑惑が晴れないからだった。
愛音が本物の跡目の娘だと確証が持てたら、俺はいつだって結婚でも何でもしてやるつもりでいる。
もちろんそれが育てて貰った者の礼儀だと思うからこそだ。
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