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俺は愛音のからかう言葉に返事も返さず、黙ったまま彼女の後ろを見つめた。
「神埼なら来てないわよ。今日は撒いて来ちゃった♪」
神埼とは愛音のボディーガード兼世話役だ。
組内でもそれなりに地位ある男なのだが野心家で、俺が最も苦手とする部類の輩だった。
その名を聞いてあからさまに嫌な顔をしていたのか、勘違いした愛音が拗ね始める。
「もうっ!突然押し掛けたからってそんな態度取ることないじゃないっ」
そう言ってよほど腹に据えかねたのか、ズカズカと大股で室内に入るなりボスッと上座の方に座った。
せっかくの着物姿が台無しだ。
親父はそんな愛音を気にすることなく、自分の用意された席へとゆっくり腰を下ろす。
そして手慣れた仕草で卓の上にある杯を取ると、当然のように俺に酌を求めた。
無言で俺は頷くと透明な液体を杯になみなみと注ぐ。
親父はそれをグッと一気に煽った。
こちらも仕立ての良い和服姿だが、50代半ばの恰幅の良い御仁が身に着けると、やはり貫禄の違いが浮き彫りになる。
愛音は完全に着物に着させられている感じだ。
「………で、煌騎よ。話とはなんだ?」
すると親父の方から徐に話を切り出してきた。
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