北極星

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 あなたは、あなたの中に北極星を持ってる?  意味がわからないって?そうね、少し、昔ここであった事の話をするわね。  昔、戦争があってね。ある大雪の晩に、大きな空襲があったの。ある若い女性、といってもまだ十八だったから、今なら、まだ女の子よね。それで、彼女がその日、たまたま用事で親戚の家に泊まっていてね。空襲に巻き込まれて、からだ中に大火傷を負って、実家へ担ぎ込まれたの。  その頃は病院も薬も足りなくてね。火傷の治療といっても、傷を水で洗って包帯を巻いておくくらいしかできなかった。火傷が膿んでグズグズになって、洗って包帯を取り替えて、それだけ。その頃は、どこにでもあった些細な事なのよ。人によっては、もっと無惨に死んでいった人もいる。でもね、彼女は、目を閉じれば、サーチライトに照らし出される、雲の下を低く飛ぶ大きな飛行機の銀色の腹の恐怖にうなされて、起きていても、どんどん腐って崩れ落ちてゆく自分の手足を見て、ああ、もう自分は許婚に見せられる綺麗な体を失ったんだ、って思って、ぽろぽろと涙を流していたわ。彼女は、家族に“鏡を見せてほしい”って何度も頼んだけれど、結局鏡は渡してもらえなかった。  彼女自身、自分がどんなことになっているか、わかっていたのだけれどね。顔に分厚く包帯が巻かれていたし、自慢の黒髪も短く切られてしまっていたし。落ち込む彼女に、家族は、がんばって元気になれば、許婚が帰ってきてくれる。許婚が帰ってきた時に彼女が死んでいたら、どれほど許婚が悲しむだろうか―そう言って励ました。  でもね、その時本当は、彼は、既に死んでしまっていたの。  許婚は船乗りで、南方の戦場に送られていたのだけれど、彼女が実家に担ぎ込まれて数日経った頃に、戦死広報が届いたの。○○沖○海里ニテ戦死ス、とだけ書かれた事務的な通知。遺骨も遺品もなかった。もちろん、家族の誰も、彼女にそんなことは伝えられなかった。  許婚は近所の幼馴染でね。幼い頃から一緒に遊んでいて、仲の良い二人だった。特に境内の枝垂桜がお気に入りでね。枝垂桜が咲くと、二人は、その桜色の傘の下に入って天を仰いでいたわ。満開の枝垂桜の中ってね、世界のすべてが本当に桜色で覆われてしまって、とても美しいのよ。
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