爪痕(ツメアト)-1

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――――数日後。 取締役会の前日。 私たち秘書課はその準備に追われていた。 やはり一番大変そうなのは室長だったけれど、人数が少ない分チームワークではどの部署にも負けていないと思う私たちは、お互いのフォローをスムーズに行えていたと思う。 会場の準備も、資料や飲料水などの準備物も全て調えた。 明日の取締役会で承認決議されれば、渉さんは正式に社長になる。 私はどんな気持ちでその瞬間を迎えるんだろうか。 …嬉しい…んだろうか。 想像がつかなかった。 せめて、明日は早く上がって病院に顔を出したかった。 …報告…のために? …私には…… もっと別の意味があるような気がしていた。 私は明日のことを考えながら、社長室の渉さんにコーヒーをお持ちする。 ノックをする前にお盆の上のコーヒーを見つめる。 遠野社長のコーヒーは砂糖とミルク入り。このコーヒーと見た目も香りも変わらない。 以前は社長にお出しする度に 『…甘そうな香りだな…。』 って、自然に笑いが込み上げた。 けれど、今手にしているミルク入りのコーヒーは とってもいい香りなのに 私の中には少しも広がってこなかった。
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