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それからのアイツは秘書としては十分すぎるほど俺を立てて、そして客に気を配っていた。
しかし、決して俺とは目を合わせようとしない。
俺の中に生まれた小さな罪悪感が、じわじわと大きくなり始めていた。
…けれど
『悪かった。』
その一言がどうしようもなく遠かった。
俺への挨拶の列がやっと途切れると、菊森が俺を呼びに来た。
これからは親父が客に挨拶しながら俺を紹介して回るらしい。
まだまだ先は長かった。
俺が合図するまでもなく、アイツは視線を下に向けたまま歩きだし、黙ったまま俺の後をついてきた。
親父の横に俺が並び、その一歩後ろにアイツ。
菊森はその間に別の準備で席を外した。
挨拶の合間に俺とアイツが交わす言葉。
親父とアイツが交わす言葉。
同じような内容なのに、アイツの表情は全く違っていた。
胸の奥がズキンと痛む。
…信頼関係…。
俺は初めてそれを目の当たりにした。
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