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光沢のある、いくつも細かい傷のついた黒いボディ。四本と少ない弦の数。ツマミの数も多いわけじゃない。しばらく眺めていても、何が目を惹いたのか、よく分からない。
打ち傷だらけで、ろくな扱いもされていなかったのであろう。保存状態は、おそらく最悪だ。それでも、なぜか魅入られたように眺め続けた。
「何かお探しですか?」
突然、横から声をかけられた。店に入ったときと同じ声。振り向くと、二十代中盤ほどの女性が立っていた。ラフな服装の胸元についているネームプレートには『店長 阿藤理恵(あとうりえ)』と書かれている。
「あ、初心者の人かな? 好みの音とか、好きなメーカーとか、アクティブとかパッシブとか、五弦がいいとか、何か要望とか質問があったら何でも言ってね」
「……あの、えっと」
「はいはい、あわてないで。音楽用語とか分からなくても大丈夫だよ。楽器屋なんて遊びにくる客がほとんどで、滅多に買ってくれる客なんて来ないからね。存分に時間を使って決めちゃってくださいな」
敬語すら使わない、店員としては落第点の喋りかた。楽器屋らしい口調なのか、それとも、こちらの緊張を察してフレンドリーにしているのだろうか。だが、どちらにしろ将也の緊張が解けることはなかった。
さまよう視線が、一つのギターを捉えた。さっきまで眺めていた、黒いギターだ。思考回路が完全に空回りした状態のまま、それを乱暴に掴んだ。
「このギター買います!!」
その瞬間、盗難防止用のブザーが鳴った。大きい音でも、危機感を与える音でもない、むしろ間抜けな音。その音に、思わず理恵が笑い出した。
「ちょっとお待ちくださいね。今、音を止めますよ」
理恵がポケットから機械を取り出し、防犯ブザーに当てる。何度か失敗して、ようやく音が止まった。
「さて、まずは言っておこうかな。それはベースっていう、ギターと似てるけど全然ちがう楽器だよ。ベーシストとギタリストはお互いに自分の方が上だと思ってたりするから、混同すると怒られたり、人によっては殴ってきたりするんだ。次からは気をつけてね」
それを聞いて、将也は顔が熱くなるのを感じた。
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