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「まあ、よくある間違いだからタコみたいに顔を赤くしなくても大丈夫だよ。ちなみに、弦の太さで見分けられるからね。太いのがベース。あと、例外もあるけど、弦が五本以下のものはベース。六本を越えるとギターって見わけ方もあるね」
そう言いながら理恵は将也の手からベースを取った。
「あー、そういえばこの子、落書きされてるんだよなぁ。ちょっとした手間で消せるけど、裏面に落書きがあるよ? 大丈夫?」
理恵が、くるりとベースを回すと、裏面に前の持ち主へ宛てられたものらしい寄せ書きがあった。白い塗料で書かれているため、黒いボディーの中でよく目立っている。
前の持ち主はどんな人だったのだろう。どうして、このベースを手放したのだろう。将也は、ふと、そんなことを考えた。
「僕は落書きがあっても気にしないので、このままにしておきたいんですけど、できますか? たとえば、上からニスを塗って剥がれないようにするとか」
「そんな感じの加工はできるけど、次の塗り替えのときは料金取るよ?」
「大丈夫です。なんか、この人たちも何かの思いがあって書いたわけで。だから、その気持ちを消したくないって言うか……」
「なるほど、その気持ちは分かるかも。あと、このベース、けっこう値が張るけど試奏してから決めなくていいの? ベースの音色が分からないなら弾き比べとかもできるし、お客は神様だから、だいたい何言ってもいいよ」
理恵は、困ったような顔で言った。だが、もう決めたことを変える気はなかった。将也は、大きく頷いてみせる。
「わかった。このあと用事とかある? もしヒマだったらベースの弾き方とか教えられるけど? それに、君とも少し話してみたい気にもなったし」
「お願いします」
「ありがとう、こっちもヒマしてたところなんだ。このメーカーは弦が固いので有名だから、押さえやすいように弦を低く調整しておこうか?」
「すみません。分からないので、お任せします」
そう言うと、理恵は再び笑い出した。
「本当に素人なんだね。それなのにこのメーカーか。勘が良いのかな」
「はい?」
「ごめん、ひとりごと。このメーカーはね、温かくて丸い音が特徴のベースを作ることで有名な、いいメーカーなんだ。お、三弦の不調を改善するためにピックアップも変えてるね。最初のベースとして、出来すぎなくらいのチョイスだよ」
「そうなんですか」
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