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将也は、適当に相づちを打った。
「分かってないでしょ。でも、いいや。テキトーに店の中を見てなよ。他にも気になるベースを見つけたら弾き比べて好みの音を探してもいいし。お金を払うまでの間なら心変わりしてもオーケーだからね」
そう言って、理恵はレジの奥にある扉の中に入って行った。やることのなくなってしまった将也は、言われたままに店内を見て回る。しばらく見ていると、何となくギターとベースの違いが分かってきた。たしかに、弦が違う。それから、ベースの方が全体的に少し大きいようだ。
どうやらこの店は入って右側がベース、左側がギターと分かれているらしい。
将也は、ベースの中に、一つだけ気になるものを見つけた。理恵が言っていたこととは裏腹に、太い弦が六本も張られている。
ガチャリと音がしてレジの奥から、ベースを持った理恵がこちらへ向かってきた。
「おや、それが気になったのかい?」
「はい。これ、弦が六本張ってありますけど」
「ああ、それは六弦ベース。時どき使ってる人を見かけるけど、基本的に使わなくてもいいものかな。そこの椅子に座って待っててね。アンプに繋げる準備しておくから」
理恵は調整の終わったベースを将也に押し付けて再びドアの向こうへと消えていった。そして、すぐに太いコードを持って戻ってくる。
「これがシールド。早い話が楽器用の太いコードだよ。これをアンプに繋げてスイッチを入れると。ほら、この通り!」
理恵が指先で弦を軽く弾くと、ブウウウゥゥン、と低い音が鳴った。腹の底まで響く音だ。今度は自分で弾いてみた。鳴っている。比較する対象を持っていないため、いい音なのか悪い音なのかも分からなかった。だが、言いがたい高揚感を感じた。
「いい音でしょ? 特徴がないのが特徴みたいなベースだからね。頭ひとつ出たキャラクター性はないけど、欠点もない。どんな教科のテストでも九十点くらい取る優等生って感じかな」
「なんか、黒髪スレンダーな大和撫子(やまとなでしこ)、って感じですね?」
店員は、目を丸くしていた。将也自身、何となく口から出た比喩に、驚いているところだった。
「いいね。君、やっぱりいい感性してるよ。黒いベースに黒髪って言うところは安直すぎる気もするけど、女に喩えるところは悪くない。やっぱりベース弾きは変態でないとね!」
「勝手に変態扱いしないでくださいよ」
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