距離-1

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渉さんが初めて『ありがとう』をくれた日から、コーヒーを出す度に渉さんは必ずそう言ってくれるようになった。 だから、社長室のドアの前で確認するミルク入りのコーヒーは、その香りだけで私を笑顔にしてくれるものになっていた。 そして、明日はいよいよグループ会社の視察の初日だった。 本来、このような視察の時には4、5日前には視察先に知らせてあるのが、今回は渉さん流の完全なる抜き打ちだった。 私はもともとその工場にいたのだから少し複雑だった。 本社からの社長や役員の点検があると知らされると、工場では点検時に不備がないように何日か前から自分たちでチェックを始める。 書類に不足があれば作成したり、表示のないものに表示を付けたり、前日の掃除はいつもの倍以上に時間をかけて念入りにしたりするものだ。 ある日突然、本社からの視察。しかも社長が来たとなれば、工場ではどんな対応をするだろうか。 私はこっそり工場長にでも知らせたい気分だった。
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