2526人が本棚に入れています
本棚に追加
私が秘書室に戻り、室長のデスクにコーヒーを置くと、室長が数枚の用紙をデスクに置いて視線を資料から私に向けた。
「…誤字が一点。」
「…あ、すみません。」
「いや、時間がない中での出来栄えとしては上出来だ。やっぱり桐谷君を呼んで正解だったな。」
「…そんな。自分でも確認したつもりですが…すみません。すぐ直します。」
「いや、後でいい。せっかく入れてくれたんだ。コーヒーの後にしよう。そこ、座って。」
「…はい。」
そことは、室長のデスクの一番近くの理央の席だ。
私の席は理央・奈美・私の並びで室長からは一番遠い席。
遠野会長の秘書をしていた頃から、すぐに対応できるように私がドアの一番近くの席になっていた。
理央の席に着き、室長がコーヒーに口をつけたのを確認してから私もカップを口に運んだ。
「…休日に桐谷君のコーヒーを飲めんなんて、ちょっとした贅沢だな。」
「…そんな。コーヒーなんてその辺のコーヒーショップの方がずっとおいしいのが飲めますよ。」
会社の近くにだって、人気のコーヒー専門店がある。
でも、室長は言った。
「いや。俺は桐谷君が入れたのが一番おいしいと思ってる。…ずっと前からね。」
室長は口元でゆったりと笑った後、また、コーヒーを一口すすった。
「…そうですか。」
私は変な返答をして、カップで顔を隠すようにコーヒーをすすった。
このコーヒーが…
…そんなにおいしいんだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!