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私はしばらくぼんやりしてしまったようだ。
廊下をこっちに向かうスリッパの音が聞こえてくる。
「おい。どうした?」
渉さんだった。
「…あ、いえ。何でもないです。」
残像のように残る室長の影を振り払い、渉さんに顔を向ける。
「肉。肉。早く肉焼こうぜ。」
「…はい。もう少し時間をおいてからですよ。」
私は渉さんのそばに寄った。
渉さんは私の手から会長のバッグを取ると笑った。
「親父の鞄。現役の時から比べるとずいぶん軽くなったな。何も入ってねえんじゃねえの?」
「そんなことないですよ。渉さんのに比べたら…そりゃ、少しは軽いですけど、やっぱり重たいです。」
「そうか?」
「はい。…むしろ、渉さんのバッグに何が入ってるのか知りたいですよ。」
「…秘密。」
「秘密!?」
「…毒薬とか入っているし。」
「ど、ど、ど、毒!?」
「そうだ。お前、変なこと言ったら殺すからな。」
「・・・。」
「本気だからな。それより、肉だ。肉!」
渉さんはスリッパを擦(ス)って、廊下を先に歩いた。
私はその背中を見つめて…
その距離が離れないように背中を追った。
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