雲行き-1

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アイツを内線で呼び出してから、しばらくしていつものようにノックが聞こえる。 …いつものように…。 いや、いつもよりも頼りないノックだった。 まるで一呼吸置くようにして、一瞬間があって開かれたドアからアイツの姿が覗いたが、いつもはっきりと聞き取れる「失礼します。」の声がいつもより数段か細かった。 俺はキーボードを叩く指を止めて、アイツを見つめた。 …どうした? 緊張なのかなんなのか、少し顔が強張(コワバ)って、赤みを帯びている。 何より… 目には薄ら涙が滲んでいるように見えた。 俺はアイツからパソコンのデスクトップに視線を戻し、アイツを横目にキーボードを再び叩く。 そして、手を動かしたままでアイツを呼んだ。 「何を突っ立ってる?こっちに来い。」 「…はい。」 小さく震えた声が返ってきた。 …何があった? 俺はそう思いながらも指先を素早く動かして目の前のデータの印刷をかける。 静かな室内にキーボードを叩く忙(セワ)しない音とプリンターの唸(ウナ)る音だけが聞こえていた。 「取って来い。」 「…はい。」 印刷された用紙を手にして戻ったアイツからその紙ペラを奪って、ペンで指示を書き込む。 「この用紙をもとに、こっちのデータを使ってこれを作り直せ。急ぎの仕事だ。最優先でやれ。」 「…はい。」 返事はしてるが、いつものような元気がない。 俺はアイツにはわからないように静かに、深く、息を吐き出した。 「…言え。何があった?」
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