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アイツを内線で呼び出してから、しばらくしていつものようにノックが聞こえる。
…いつものように…。
いや、いつもよりも頼りないノックだった。
まるで一呼吸置くようにして、一瞬間があって開かれたドアからアイツの姿が覗いたが、いつもはっきりと聞き取れる「失礼します。」の声がいつもより数段か細かった。
俺はキーボードを叩く指を止めて、アイツを見つめた。
…どうした?
緊張なのかなんなのか、少し顔が強張(コワバ)って、赤みを帯びている。
何より…
目には薄ら涙が滲んでいるように見えた。
俺はアイツからパソコンのデスクトップに視線を戻し、アイツを横目にキーボードを再び叩く。
そして、手を動かしたままでアイツを呼んだ。
「何を突っ立ってる?こっちに来い。」
「…はい。」
小さく震えた声が返ってきた。
…何があった?
俺はそう思いながらも指先を素早く動かして目の前のデータの印刷をかける。
静かな室内にキーボードを叩く忙(セワ)しない音とプリンターの唸(ウナ)る音だけが聞こえていた。
「取って来い。」
「…はい。」
印刷された用紙を手にして戻ったアイツからその紙ペラを奪って、ペンで指示を書き込む。
「この用紙をもとに、こっちのデータを使ってこれを作り直せ。急ぎの仕事だ。最優先でやれ。」
「…はい。」
返事はしてるが、いつものような元気がない。
俺はアイツにはわからないように静かに、深く、息を吐き出した。
「…言え。何があった?」
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