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「桐谷さんも一緒に食べようよ。」
「え。」
「ね、会長、いいでしょう?」
「ああ。構わない。桐谷君も座りなさい。」
「…はい。」
私はいつもの渉さんの隣のイスを引いた。
「え、そっちなの?」
彼の言葉に会長が応じた。
「桐谷君。今日は彼の隣に。彼の隣で料理を取り分けて、ワインをお注(ツ)ぎしてくれるかな。」
「…わかりました。」
私は大塚さんの隣に移動して、腰を下ろした。
渉さんと大塚さんが向かい合い、私は渉さんの斜め向かいの位置になる。
「じゃ、さっそく注いでもらおうっと。」
彼が私の前にワイングラスを差し出した。
私はワインのボトルを手にして彼のグラスにゆっくりと赤い液体を落とす。
ワインを注ぐ間にも酔いのせいか、彼の熱い息をすぐそばに感じて私は上半身を少し逸らした。
渉さんの視線が気になる。
私がボトルを置く前に渉さんに声を掛ける。渉さんのグラスも空だった。
「…社長も…。」
「いい、自分でやる。」
渉さんは私の言葉を遮り、私の手からボトルを奪って手酌した。
明らかに苛立っていた。
勢いよく注がれたワインの滴(シズク)がグラスを飛び出して白いテーブルクロスに赤いシミを作った。
私はそのシミをぼんやりと見つめる。
演技なのか本当なのか、言葉で確かめることが出来ない今、
渉さんの気持ちを読み取ることは
いくら秘書でも…
…無理だった。
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