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「佐和子さん、彼をお風呂場に案内してあげなさい。」
「かしこまりました。」
グラスの破片と水を片付け終わると、会長の声で佐和子さんが彼をダイニングから連れ出した。
「申し訳ありません。大切なお客様に…。」
私が会長に謝ると、会長は一呼吸おいてから私に言った。
顔にはさっきよりもずっと深い、私の大好きな笑顔が浮かべられていた。
「謝るのはこちらだよ。」
「…え?」
「来てもらって早々、大変な来客で申し訳ない。せっかく…楽しみにしていた連休が始まるところだったのに。」
会長はそこで言葉を区切って私と渉さんを交互に見た。
私と渉さんは一瞬目を合わせて、また同時に会長を見つめた。
「申し訳ないが、彼の父親は私にとってはどんなに頑張っても恩を返しきれないような相手なんだ。もちろん、私は彼のことを尊敬も信頼もしている。…しかし、息子である彼は…少し父上とは違うようだ。でも、無碍(ムゲ)に扱うこともできない。父上にとっては大切な一人息子だからね。父上も彼のことを変えたいと思っているようだが、まだ思うようにはいってないらしい。」
「…親父…。」
「…会長…。」
「今日は一晩ここに泊めて、彼をもてなしてやろう。彼の父親は私の恩人でもあり…ビジネスの上ではある意味ライバルかもしれない。…少しくらいはカシを作っておくのも悪くないからね。」
会長はそこでいたずらっぽく笑った。
私と渉さんの強張っていた顔が会長の笑顔でとかされていく。
会長は…
…全部、お見通しだったんだ。
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